2010年5月の記事一覧

近江屋
ここ近江屋の二階で坂本龍馬は暗殺されました。

いまはサークルKになっていて、事件のあった二階のあたりを眺めてもなにも見えてきません。

サークルKで天井を見上げて泣いている人がいたら、とても想像力の強い人だと思います。

店のわきには「坂本竜馬・中岡慎太郎遭難地」の石碑が立っています。

11月15日、龍馬は宿にしていた河原町の蛸薬師で醤油商を営む近江屋新助宅母屋の二階にいました。
当日は陸援隊の中岡慎太郎や土佐藩士の岡本健三郎、画家の淡海槐堂などに訪問を受けています。
午後8時頃、龍馬と中岡が話していたところ、十津川郷士と名乗る男達数人が来訪し面会を求めて来ました。
元力士の山田藤吉が客を取り次いだところで、来訪者はそのまま二階に上がって藤吉を斬り、龍馬たちのいる部屋に押し入りました。
龍馬は帯刀しておらず、龍馬はまず額を深く斬られ、その他数か所を斬られて、ほとんど即死に近かったそうです。
もっとくわしく読む

近江屋

京都府京都市中京区河原町通四条上ル

阪急京都線河原町駅からすぐ

池田屋の写真
龍馬酢屋に落ち着く3年ほど前に起きた池田屋騒動。

尊王攘夷派の志士たちが集まっていた池田屋を新撰組が襲った有名な事件です。
近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助らがまず踏み込んだと言われています。

1864年6月のこと。

酢屋からひと筋違い、2分ほどの場所にあります。

碑のある建物はいまは居酒屋さんになっています。

池田屋

京都府京都市中京区三条通河原町東入中島町82 申和三条ビル

京阪本線三条駅 徒歩4分 
地下鉄東西線京都市役所前駅 徒歩5分

坂本龍馬寺田屋で襲撃された時に、油掛地蔵を経て、逃げ込んだ材木小屋がこの地にありました。
このとき龍馬は左右の親指を切られ、負傷していました。

そのあと薩摩藩に救助され、川船で薩摩藩邸へ運ばれました。
現在は、石碑が立っているだけです。

伏見の濠川はクネクネと人工的に曲がっていて現代的ですが、元は伏見城の外堀で、龍馬の生きた時代にはすでにこのような水路でした。
龍馬が何度も行き来した水路なので、水路沿いを歩けば龍馬の目に写った風景が見えるでしょう。

このページの上部へ