2010年11月の記事一覧

薩摩藩二本松屋敷は坂本龍馬や西郷隆盛が1866年に「薩長同盟」について語った場所。

寺田屋で襲撃された龍馬が伏見藩邸から担ぎ込まれた場所。

薩摩藩が相国寺の敷地を借りて1863年に建設されました。

明治維新後取り壊され、いまは同志社大学今出川キャンパスになっています。

薩摩藩邸跡

2010年にその薩摩藩邸の絵図があることが確認されニュースになりました。

烏丸通と石橋通の交差点の北東にL字型の大きな屋敷が広がっていて、200戸以上の部屋が通りに面して配置されていたことがわかります。


11/26〜12/22の間、同志社大学今出川キャンパスの「幕末と同志社」展で見ることができます。
入場は無料です。

同志社大学西門前に、薩摩藩邸跡の碑が建っています。
近くに西郷隆盛邸や薩摩藩家老小松帯刀邸もあったと言われています。

江戸時代のはじめから明治4年まで土佐藩邸があったところです。
土佐藩邸跡
土佐藩邸は高瀬川から河原町通まで大きな1ブロックを占めていました。

1863年の冬、坂本龍馬は勝海舟の取り成しで脱藩を許されて、7日間この土佐藩邸に幽閉されました。

ただ、上士の役人ばかりの藩邸を龍馬は嫌がり、その後もほとんど滞在することがなかったといいます。

いまは高瀬川に面してレトロな立誠小学校の校舎が建っていますが、1993年に廃校となっています。 立誠小学校
龍馬はこの高瀬川を舟で何度も行き来したはずです。 高瀬川
高瀬川に架かる「蛸薬師橋」を渡って木屋町から河原町通りに向かう途中に土佐稲荷があります。 土佐稲荷 小さなお稲荷さんです。

江戸時代には土佐藩邸内にありましたが、明治20年に現在地に移ってきました。
土佐藩士や近隣の人々からも信仰の厚い神社だったようです。
土佐稲荷
坂本龍馬も祀られており、龍馬の銅像が立っています。

龍馬にあやかろうと銅像を刻んで持って帰る人が多かったので、銅像はめちゃくちゃな無残な姿になっていましたが、最近になって新調されました。
土佐稲荷

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