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11月15日には、京都霊山護国神社の坂本龍馬、中岡慎太郎墓前で『龍馬祭』が行われます。京都河原町の近江屋で刺客の凶刃に斃れたのは慶応3年11月15日のこと。坂本龍馬はその日のうちに息を引き取り、下僕の藤吉は翌日、中岡慎太郎は翌々日に亡くなりました。
坂本龍馬は享年33歳、中岡慎太郎30歳、藤吉25歳。まだ青年です。

中岡慎太郎の郷里である高知県安芸郡北川村から軍鶏肉の寄進を受けて、両援会、京都高知県人会によりお昼ごろから軍鶏鍋が参拝者にふるまわれるそうです。
坂本龍馬・中岡慎太郎の最期の日の「シャモを食べたい」という会話が偲ばれます。軍鶏鍋を用意する前に襲撃を受けてしまったのです。

京都霊山護国神社は拝観無料ですが、龍馬祭の行われる裏山の墓地は志納料300円がかかります。
子供は200円です。

京都霊山護国神社の坂本龍馬の墓

場所: 京都霊山護国神社(京都市東山区清閑寺霊山町1)

以下は2015年の情報です。
2015年11月15日(日)午後3時30分から京都霊山護国神社にて。お問い合わせは京都霊山護国神社まで。


霊山観音の南側から霊山護国神社、霊山歴史館へと登る坂道は、維新の道と呼ばれています。
坂本龍馬、中岡慎太郎、吉村寅太郎、武市半平太ほか幕末に国に殉じた志士500人以上が霊山のふもとに眠っています。
維新の道
志士たちが度々会合をした「翠紅館」はいまは料亭京大和となっています。
三条実美、桂小五郎、坂本龍馬、武市半平太、井上聞多、久坂玄瑞、桂小五郎、真木和泉守らが出入りしたことが知られています。
京大和
近江屋
ここ近江屋の二階で坂本龍馬は暗殺されました。

いまはサークルKになっていて、事件のあった二階のあたりを眺めてもなにも見えてきません。

サークルKで天井を見上げて泣いている人がいたら、とても想像力の強い人だと思います。

店のわきには「坂本竜馬・中岡慎太郎遭難地」の石碑が立っています。

11月15日、龍馬は宿にしていた河原町の蛸薬師で醤油商を営む近江屋新助宅母屋の二階にいました。
当日は陸援隊の中岡慎太郎や土佐藩士の岡本健三郎、画家の淡海槐堂などに訪問を受けています。
午後8時頃、龍馬と中岡が話していたところ、十津川郷士と名乗る男達数人が来訪し面会を求めて来ました。
元力士の山田藤吉が客を取り次いだところで、来訪者はそのまま二階に上がって藤吉を斬り、龍馬たちのいる部屋に押し入りました。
龍馬は帯刀しておらず、龍馬はまず額を深く斬られ、その他数か所を斬られて、ほとんど即死に近かったそうです。
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近江屋

京都府京都市中京区河原町通四条上ル

阪急京都線河原町駅からすぐ

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