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タグ「坂本龍馬」の一覧

武信稲荷神社の小さな境内に異彩を放つ大榎があります。

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この榎は坂本龍馬おりょうの縁結びの木として有名です。

ふたりは何度もこの神社に訪れていました。

京の町で命を狙われて身を隠し、おりょうと離れ離れになった龍馬が自分がまだ京にいることをおりょうに知らせるためにこの木の幹に『龍』の字を彫ったそうです。

その『龍』の字を見つけたおかげで再び会うことができたという逸話。

素敵なはなしですね。


木の幹に手をあててみてください。
龍馬とおりょうがここに立っていたことが実感できるかもしれません。

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絵馬も龍馬とおりょうです。

武信稲荷神社

京都府京都市中京区今新在家西町38

阪急電車京都線・大宮駅で下車し北に徒歩約5分。

境内自由

江戸や福井へ行くために龍馬が何度となく渡った三条大橋
東海道五十三次の終点です。
三条大橋
禁門の変で負けた後、桂小五郎が乞食に変装し潜んだのもこの橋の下。

鴨川は少し位置が変わっていても、橋からの眺めはいまでもさほど変わらないのではないでしょうか。
三条大橋


アクセス:京阪「三条駅」下車。地下鉄「三条京阪駅」下車。

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1864年(元治元年)、坂本龍馬と中岡慎太郎は長州本陣となっていた嵯峨の天龍寺に長州藩士の来島又兵衛、久坂玄端を訪れるために立ちよりました。
天龍寺
天龍寺
天龍寺

嵯峨野での志士たちの東奔西走を偲んで、嵐山の落柿舎の向かい側には中岡慎太郎、坂本龍馬、武市瑞山、吉村寅太郎ら土佐四天王の銅像が建っています。
落柿舎
越前福井藩邸は「京都国際ホテル」の辺りにありました。
龍馬は脱藩浪人の身でありながら、藩主松平春嶽に会いに行きました。
しかもアポなし!

いまの京都国際ホテル。二条城の目の前にあり京都観光にとても良い立地です。

福井藩邸跡(京都国際ホテル)

京都府京都市中京区堀川通二条城前
JR京都駅から市バス9・50・101号系統「二条城前」下車すぐ
霊山観音の南側から霊山護国神社、霊山歴史館へと登る坂道は、維新の道と呼ばれています。
坂本龍馬、中岡慎太郎、吉村寅太郎、武市半平太ほか幕末に国に殉じた志士500人以上が霊山のふもとに眠っています。
維新の道
志士たちが度々会合をした「翠紅館」はいまは料亭京大和となっています。
三条実美、桂小五郎、坂本龍馬、武市半平太、井上聞多、久坂玄瑞、桂小五郎、真木和泉守らが出入りしたことが知られています。
京大和
三条通の東山ユースホステルの前に『坂本龍馬 お龍 結婚式場跡』の新しい碑が立っています。
東山ユースホステル
青蓮院の塔頭「金蔵寺」があったところです。

30歳の龍馬と24歳のお龍はここで内祝言を挙げました。
1864年8月1日、夏の暑い日のことです。

「8月1日の夕方、坂本が帰ってきました。で、金蔵寺の住職智息院が仲人となって本堂で、内祝言をして、始めて新枕、幾千代までもと契りました。」
再婚して横須賀にいたお龍さんが昔を振り返りこう語ったそうです。

伏見寺田屋事件はこの1年半後に起こります。
そのあと龍馬とお龍は薩摩へ「新婚旅行」に行くことになります。


所在地:京都府京都市東山区三条通白川橋東入五軒町112
アクセス:京阪京津線・地下鉄東西線「東山」駅下車。三条通を東へ5分
江戸時代のはじめから明治4年まで土佐藩邸があったところです。
土佐藩邸跡
土佐藩邸は高瀬川から河原町通まで大きな1ブロックを占めていました。

1863年の冬、坂本龍馬は勝海舟の取り成しで脱藩を許されて、7日間この土佐藩邸に幽閉されました。

ただ、上士の役人ばかりの藩邸を龍馬は嫌がり、その後もほとんど滞在することがなかったといいます。

いまは高瀬川に面してレトロな立誠小学校の校舎が建っていますが、1993年に廃校となっています。 立誠小学校
龍馬はこの高瀬川を舟で何度も行き来したはずです。 高瀬川
高瀬川に架かる「蛸薬師橋」を渡って木屋町から河原町通りに向かう途中に土佐稲荷があります。 土佐稲荷 小さなお稲荷さんです。

江戸時代には土佐藩邸内にありましたが、明治20年に現在地に移ってきました。
土佐藩士や近隣の人々からも信仰の厚い神社だったようです。
土佐稲荷
坂本龍馬も祀られており、龍馬の銅像が立っています。

龍馬にあやかろうと銅像を刻んで持って帰る人が多かったので、銅像はめちゃくちゃな無残な姿になっていましたが、最近になって新調されました。
土佐稲荷
坂本龍馬寺田屋で襲撃された時に、油掛地蔵を経て、逃げ込んだ材木小屋がこの地にありました。
このとき龍馬は左右の親指を切られ、負傷していました。

そのあと薩摩藩に救助され、川船で薩摩藩邸へ運ばれました。
現在は、石碑が立っているだけです。

伏見の濠川はクネクネと人工的に曲がっていて現代的ですが、元は伏見城の外堀で、龍馬の生きた時代にはすでにこのような水路でした。
龍馬が何度も行き来した水路なので、水路沿いを歩けば龍馬の目に写った風景が見えるでしょう。
寺田屋の写真
寺田屋さんは大阪の京橋を発着する淀川の船便の船宿として栄え、寺田屋事件のころは薩摩藩士の宿として、また倒幕派の定宿としても使われていました。


龍馬が寝起きするようになったのは1865年の8月頃から。
ここを起点に大阪や下関などを飛び回り、薩長同盟を締結させて翌年の1月23日に寺田屋に戻ってきました。

伏見奉行所の役人に龍馬が襲われたのは24日未明。
お風呂に入っていたお龍さんが、裸で階段の駆け上り急を知らせたことで龍馬が逃げのびることができたというエピソードは有名ですね。

寺田屋はすぐ後の1868年の鳥羽伏見の戦いで焼けてしまったそうで、いま見学できるのは明治何年かに再建したもの。
刀傷や柱のピストルの痕も龍馬とは無関係のもののようです。
当然ながら、風呂桶もニセモノ

現在お庭になっているところが当時の寺田屋の建物が建っていたところだということです。

それでも、京都の龍馬のゆかりの地はなかなか当時の雰囲気を味わえるところがありませんから、「梅ノ間」は一見の価値があると思います。

伏見の龍馬通り
難を逃れた龍馬が午前2時すぎに走り抜けたという小さな商店街です。
さまざまな龍馬グッズを見ることができますが、どれも観光地価格ではなく、控えめな地元的値段設定であることがホッとさせてくれます。
伏見の船
伏見の酒蔵が立ち並ぶスポットなので、川の水もたっぷり。風情があります。
十石舟が遊覧船として運行されていて、両岸の柳、桜、アジサイなどを楽しむことができます。
月桂冠のお酒
月桂冠や黄桜もすぐ近く。どのお酒も「龍馬おすすめ!」となっています(笑

寺田屋

〒612-8045 京都府京都市伏見区南浜町263 075-622-0243 館内見学は大人400円。お庭は自由。

八坂神社の境内にある老舗料亭「二軒茶屋 中村楼」。

二軒茶屋 中村楼

創業四百年余り。龍馬も訪れたお店です。

龍馬が近江屋で暗殺される時に履いていた下駄はこのお店のものだったそうです。

料亭の下駄を履いて帰っていたんですね。

二軒茶屋 中村楼



二軒茶屋 中村楼


京都市東山区祇園町南側八坂神社鳥居内

075-561-0016

11:30〜19:00(入店)

不定休

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大きな枝垂桜で有名な円山公園は八坂神社のお隣。

枝垂桜から庭園の奥の方へ目をやると、坂本龍馬・中岡慎太郎の像が立っています。

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大きな像です。

ここのおふたりも龍馬さんが立ち、慎太郎さんが立て膝で座っています。

一説によると、坂本龍馬は172cmで大柄、中岡慎太郎は150cm台で当時の平均的身長だったそうで、史実に忠実に立像を作ってしまうとデコボココンビになってしまい都合が悪いのだとか。

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メインの枝垂桜は樹齢80年だそうで、以前より少し弱々しくなってきました。

円山公園

京都府京都市東山区円山町他

075-222-3586

入場無料

JR京都駅から京都市営バスで20分、祇園下車、徒歩3分

駐車場134台/30分250円

http://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/page/0000006855.html

酢屋 坂本龍馬
海援隊京都本部が置かれていた酢屋嘉兵衛宅です。

酢屋は当時も今も材木商。

坂本龍馬はここの2階に近江屋で遭難する直前まで身を寄せていました。

この部屋で龍馬は姉の乙女に長さ5メートルの手紙を書きました。
手紙には「酢屋というところにて」と書かれていて、その写真も見ることができます。

表の石碑には「坂本龍馬寓居の跡」と刻まれています。


(以下、酢屋さんのサイトより引用)
龍馬は家の者から「才谷さん」と呼ばれ、二階の表西側の部屋に住まいしていました。当時の面影を残す二階の品格子より龍馬は向いの舟入にむけてピストルの試し撃ちをしたということです。
遭難の年(慶応3年)の6月24日には、お姉さまに宛てた手紙の中で酢屋に投宿している旨を伝えております。又、この家に海援隊京都本部を置き、隊士、陸奥宗光、長岡謙吉、等数多くの志士が投宿していました。11月15日龍馬遭難直後の天満屋事件もこの二階の一室に隊士が集まり事件が起りました。維新後、陸奥宗光は「酢屋」の家を訪れる時、当時を思い、感慨にむせんだと言われています。

酢屋

京都市中京区河原町三条下ル一筋目(龍馬通)

ギャラリー入館時間:12:00~18:00

定休日:月曜日

ギャラリー入館料:500円

河原町三条より徒歩5分

清水寺に近い産寧坂石段途中にある明保野亭坂本龍馬の定宿。

ここで龍馬は土佐藩家老息女・お田鶴さんと密会したと言われています。

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二階から京の町が一望できたそうです。
(場所は移転しています。)

明保野亭

京都市東山区清水2丁目222

営業時間:11:00~17:00(食事) 9:30~17:30(喫茶)

定休日:無休

市バス清水道より徒歩10分

明保野亭 詳細情報と予約はこちら>>

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霊山歴史館は幕末維新史の総合資料館です。 「女性がすすめる歴史資料館のトップ10」にもランクインしている歴女に人気のスポット。

幕末の志士たちの肖像画、写真、遺品、遺墨などが展示されています。

新選組・桂小五郎・西郷隆盛・高杉晋作らのゆかりの品も多く、幕末ファン必見。


坂本龍馬の手紙や肖像画、 遭難した近江屋の模型、龍馬の血染めの掛け軸・屏風を見ることができます。

龍馬を斬ったとされる刀もあります。慶応3年11月15日、見廻組肝煎桂早之助がこの脇差を持って、京都・近江屋の一室で坂本龍馬を斬ったといわれています。
(写真)

2010年は大龍馬展を実施。

霊山歴史館

東山区清閑寺霊山町1

入場時間 10:00-16:30(入館は16時まで)

入場料金 平常展500円・特別展700円/月曜休館

駐車場数台分あります。空いていれば停められます(無料)

www.ryozen-museum.or.jp

霊山護国神社には明治維新に尽くした志士3100名を祀る墓があります。

東山安井から高台寺のほうへどんどん坂を登ります。

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門から見上げると矢印のところがお墓。

境内に入ってから古い自動改札のような機械に300円入れてお墓に入ります。

さらに坂と階段をどんどん登ります。

坂本龍馬のお墓が近づくと急に視界が開けて京都の街が一望できるようになります。

坂本龍馬のお墓は中岡慎太郎のお墓と対になって並んでいます。

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段も柵もまったく水平ではないのが、古さを感じさせます。

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ふたりの像の大きいのは円山公園にあります。
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お墓の背後からの景色。
幕末の有名人のお墓がいっぱいありますので、時間があればじっくりと墓地を歩いて往時に思いをはせるのがいいでしょう。

霊山護国神社

東山区清閑寺霊山町1

参拝時間 9:00-17:00(冬季は16:30まで)

参拝料金 境内自由/お墓300円

アクセス 市バス東山安井バス停より徒歩20分ほど。かなり登ります。

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